インド編

無職長期旅行その4 第13章


78日目 クシナガルへ行く

 昨夜は3時ごろまで蚊に悩まされた。2匹殺したが、それでも駄目。朝になって1匹殺す。
 ホテル屋上にあるレストランで朝ご飯を食べる。その後、駅へ行ってみる。システムがよくわからない。
 宿に戻り、水しか出ないが頭を洗い、チェックアウト。
 バス乗り場へ行くと、「クシナガル」と呼びかけた人に着いていくと、バスではなくジープだった。最初4人ほどしかいなかったが、次第に人が増え16人以上になる。それで出発。
 2時間ほどでクシナガルに到着。少し歩くと、無料の宿の関係者という兄ちゃんに会い、そこまでバイクで連れてってくれるが、やはりそこはやめる。すると、チベット寺を紹介され、そこに泊まることにする。兄ちゃんには両替だけしてもらう。
 その後、一緒にチャイを飲み、ブッダの涅槃の場所に連れて行ってもらって別れる。
 涅槃の場所を見て、レストランへ行って昼御飯を食べる。そして博物館を見て、することがなくなる。まだ15時くらい。やはり宿泊はやめてゴーラクプルに戻ることにする。チベット寺に戻り、お布施として50Rsだけ渡す。
 それから車をつかまえようとするが、これがなかなかつかまらない。「まずカシアーまで行ってから車に乗ったほうがいい」とも言われるが、しばらくすると親切な人がいて、自分のために一生懸命に車を探すのを協力してくれる。その甲斐もあり、やっとジープに乗り込める。すると、その親切な人から10Rs請求される。そういうことか。
 また2時間くらいかけゴーラクプルに戻る。到着して、まず駅に行ってみる。明日のバラナシ行きの切符を買うため。とりあえず売店で時刻表を買う。すると、夜行でバラナシへ行けるらしいことに気づく。切符を買ってみると、無事買えた。インドで初めての列車なので1等寝台にする。
 それから夕御飯にする。昨夜食べたところで。その後、また昨夜行ったところでチャイを飲む。
 それから駅へ戻る。張り出されている紙で、自分の席を確認する。また、電光掲示板(テレビ)で自分が乗る列車のホームも確認。しかし、そのホームへ行ってみるが、そこに停まってる列車には寝台車がなかった。その列車ではないのかと思ったが、発車時間くらいになって寝台車が連結された。
 少し遅れて列車は出発。列車に乗り込み、荷物をくくりつけさっさと寝る。


 ホテルのレストランから見たゴーラクプル駅


 ブッダ涅槃の地。


 ブッダ涅槃像。


 この木があれかな。


 クシナガルの通り。


79日目 バラナシに到着

 自分のコンパーメントには自分だけかと思ったが、3時くらいになって別の人が来た。
 6時10分バラナシに到着予定だったが、結局着いたのは8時くらい。でも、8時から外国人予約オフィスが開くのでちょうど良かった。しかし希望の列車は取ることができず。
 切符はとりあえずあきらめて、外で待ち構えていたオートリキシャーでガンガーのほうへ行く。そのオートリキシャーに連れてかれた宿に決めてしまう。とりあえず宿の食堂で朝ご飯。
 それからしばらく部屋でゆっくりして、その後ガンガー沿いを散歩する。
 しばらく歩いて、日本食があるというところで昼御飯。日本人が書いた紙が壁に貼ってあり、「親子丼が日本と同じ味」とあったので、それを頼む。しかし出てきたものは、店が暗くてよく見えないが、とても親子丼の姿ではなく、味はまあ美味しいけど、親子丼と言えるものではなかった。「バラナシに6ヶ月いる」とも書いてあったので、本来の親子丼の味を忘れてしまったと思われる。
 それから宿に帰ろうとするが、道が分からなくてかなり迷った。宿の案内の看板を出してほしい。
 部屋に戻ると、寝てしまう。起きると、もう外は真っ暗。夕方にガンガーへ行こうかと考えてたのに。とりあえず外でインターネット。
 それから宿に戻り、宿の食堂で夕御飯。ビールがあるというので飲む。
 部屋に戻り寝る。部屋の外が結構うるさい。


 ガンガーガンジス川のことです。


 牛とガンガー


80日目 サルナートへ行く

 朝5時に目が覚める。今起きてガンガーを見に行こうかとも思ったが、やはり眠いのでやめる。結局7時過ぎに起きる。とりあえずシャワーを浴びる。ホットシャワーでなかなか良い。
 宿の食堂で朝ご飯を食べ、サルナートへ向けて出発する。宿のオーナーにどうやって行けばいいか聞いてみると、宿のバイクで連れてってくれるという。先にガソリンスタンドへ行って、ガソリンを満タンにして、そのお金を払ってくれたら、後はいらないというものだった。いくら位かと聞くと、10$くらいと言われる。他のオートリキシャーに頼むと25$はかかると言う。そんなにかかるはずはないので、これは騙されてると感じ、やはり自分でリキシャーを探していくことにする。
 大通りに出て、リキシャーと交渉する。往復で170Rsに落ちたが、オートリキシャーで200Rsというのがいたので、それにする。
 しばらく走り、ガソリンスタンドに停まる。ガソリンの代金を払うのに「先に100Rsくれ」というので払う。そしてまた少し走るとヒンドゥー寺院の前で停まり、「見て来い」と言われる。ガイドブックに何の解説もないところで興味もなかったが、せっかくの好意なので少しだけ見てみようとオートリキシャーを降り、15秒ほど歩いたところで、「そういえば、このまま逃げられたら100Rs損するな」と考え直し、オートリキシャーのところへ戻るが、やはり既にそこには先ほどのオートリキシャーはなかった。まあ被害金額も少なかったし、インドらしい経験をしたと、なんだかあまり腹も立たなかった。
 地図をよく見ると、駅まで歩いてもそんなに遠くない場所だった。明日のガヤ行きの切符をまだ買ってなかったので買いに行く。
 しかし明日の切符はなかった。どうしようかと思ったが、席はないがウェイティングリストの切符は買えるという。列車に乗ってから寝台を準備してくれるみたい。それを買うが、朝5時発の列車だった。
 駅前からサルナート行きのバスがあるということで、それを探すのに時間がかかり、ようやく探し当てバスに乗りこむが、走り出すまでも時間がかかった。
 サルナートに着いたのは、もうお昼前。とりあえずカフェでコーヒーを飲む。
 ダメークストゥーパとかを見て、それから博物館。その後に、ムルガンダ・クティー寺院に行ってみるが、昼休み中だったので中を見るのはやめる。
 さっきコーヒーを飲んだカフェで昼御飯を食べる。すると、宿で見た西洋人に会った。ちょうどサルナートに着いたところらしい。
 帰りにバスを探すが見当たらない。乗り合いのオートリキシャーに乗る。途中まで(10Rs)で、そこからはリキシャーに乗る。しかしかなり距離があり、30分以上かかる。50Rsの約束だったが60Rs払う。
 宿に帰る前にインターネットをする。ちょうど店を出たところで、さっきサルナートで会った西洋人に会う。宿まで一緒に帰る。彼はイスラエル人だった。
 タバコを吸うかと聞かれるが、吸わないと答えると、宿の食堂で何か飲もうと誘われる。自分は夕御飯がまだだったので、御飯を食べることにする。自分は御飯を食べながらビール、彼はマリファナを吸っていた。
 御飯を食べ終わり、明日の朝が4時過ぎ出発と早いので、宿のフロントに行って先に清算してもらうことにする。するとなぜか宿代を1日多く請求される。今朝の件があったので、また騙そうとしてると思い大声を上げ反論するが、ただオーナーが「自分が昼の4時に宿を出る」と勘違いしてただけだった。それだったら今清算しないのに。また、前金で500Rs払っていたのに、その件でもちょっともめる。
 部屋に帰り、明日の朝が早いので、早く寝ようとするが、なかなか眠れない。


 初転法輪の地。最初に説法したところ。


 ダメークストゥーパ


81日目 ブッダガヤーへ行く

 ほとんど眠れず4時過ぎに出発。しかし宿のドアが内側から南京錠で閉められている。物音をたててみるが誰も起きて来る気配はない。屋上に行ってみると、そこで寝ている人がいたので、起こしてドアを開けてもらう。
 それから大通りに出てみるが、客待ちしてるオートリキシャーはなかった。リキシャーはあるが、人は皆その隣りで野宿しており、起こして交渉する気にはならなかった。前日に車の手配を頼んでおけばよかった。ちょっと歩いてみようとするが、犬がいつもより凶暴で吠えまくられる。通りかかりの人に助けてもらい、しばらく歩くと、起きているリキシャーがいた。かなりの老人だった。しかし他に頼みがないのでお願いする。
 想像通りかなり遅い。もっと大きい通りに出るとタクシーも走っていたが、すぐに捕まえられるかわからなかったので、そのままリキシャーに乗る続ける。
 結局、駅に着いたのは5時20分。もう列車の出発時刻から20分も過ぎている。とりあえず駅に入ってみると、どうやら列車は遅れてるようで、まだ来ていなかった。助かった。
 売店で何かよくわからない揚げた食べ物を買って朝ご飯にする。列車は6時半過ぎにやっと来た。1時間半の遅れ。列車に乗ってみると、その車両にはほとんど客がいないようだった。適当な寝台に座る。列車員が来てチケットを見せても問題なさそうだったので、そのままそこで眠る。
 4時間ほどでガヤに到着。早速今晩の列車の切符を買うことにする。しかし今晩の列車はなかったため、明日の朝4時半発の列車にする。3Aクラスで710Rsもした。
 列車は明日の朝になったので宿を探すことにする。駅のリタイアールームも使えるそうだが、よくわからない。ガイドブックに書いてあった宿が、すぐ駅前にありそれにする。ちょっと寝るだけだし何でもいい。宿のフロントは食堂にあり、そこで昼御飯を食べる。
 それから乗り合いオートリキシャーに乗り、ブッダガヤーへ。よほど疲れているのか、満員に乗せられたオートリキシャー内で眠ってしまった。
 到着して、とりあえずラッシーを飲んで休憩。
 まずマハーボーディ寺院を見学。見学を終えたところで、「日本人ですか」とインド人に話しかけられる。そういうインド人はたくさんいるので、またかと思いさっさと立ち去ろうと思うが、隣りにサリーを着た綺麗な色白の女性がいた。その人は日本人だった。しかも話してみると同郷の人だった。ここでボランティアをしてるらしい。詳しく話を聞こうとすると、インド人に割って入られる。あんたと話したくないのに。「それではお気をつけて」と言われ会話終了。なぜか「じゃあ、また」と返してしまう。残念ながらもう会うことはないだろうが。
 次に博物館を見て、それからセーナー村スジャータ村)へ行く。橋を渡ってると英語で話し、ついて来るインド人がいる。面倒だなと思うが一緒に歩く。セーナー村に入り、しばらく歩いたところで別の二人のインド人もついてくる。こちらは日本語が話せて、いろいろと解説してくれる。その二人とばかり話してたので、さっきの英語のインド人はどこかへ行ってしまった。スジャータストゥーパを見て、スジャータ寺まで案内してもらう。
 その後、日本語を話せるインド人は孤児院で働いているというので、きっと寄付させられるだろうなと思ってたら、やっぱりそうだった。
 セーナー村を出て橋を渡ったところで、そのまま乗り合いオートリキシャーに乗る。
 宿に戻りちょっと休憩して、夕御飯を食べに出る。店の席に座ったとき、体に違和感を感じる。なんだか熱っぽい。
 食事後、宿に帰る。やはり風邪をひいたようだ。まだ19時だったが、明日の朝も早いのでさっさと寝る。しかし、3時間ほどで目が覚めてしまい、その後はほとんど眠れなくなる。


 ブッダガヤー


 スジャータストゥーパ


 釈尊が修行した山。


82日目 コルカタへ行く

 朝起きて準備して4時に出発。宿の食堂は営業していた。駅前なので24時間営業っぽい。
 駅に行くと、ほぼ定刻で列車が来た。さすがエクスプレス。
 体調が悪いので、さっさと寝る。席は3段ベットの真ん中だった。
 日が明けだすと、人が起き出す。しばらくして朝ご飯のサービスもあった。後で別料金と分かるが。狭い席で食べ、もう一度寝ようとすると、下の人に席を畳んでいいかと聞かれる。下の席も狭く、真ん中の席を畳まないと座ることができないため。でも体調が悪いので、そのまま寝させてもらう。
 ほぼ定刻にコルカタに列車は到着する。タクシーに乗りサダルストリートへ。
 客引きにキャピタルGHに連れて行かれる。シングル200Rsで決める。客引きにチップを要求されるが、それなら宿を出ると意思表示をすると、もういいということになる。たくさん宿があるのに客からチップっておかしいでしょ。
 とにかく体調が悪いので、すぐに寝る。
 16時ごろになり、お腹も空いたので飯を食べにでる。チキンチーズバーガーを頼む。これが結構うまかった。ラッシーを飲んで、ホットレモン&ジンジャーハニーも飲む。ポテトフライも頼むが、これは失敗だった。油を吸ってベチョッとしてる。
 また宿に戻り寝る。なんだか腹というか胃に違和感が。ポテトフライのせいかも。
 夜9時くらいになり、まだお腹は空いていないが、店が閉まる前に夜御飯を食べに出る。ホットレモン&ジンジャーハニーとカントンヌードル。餡かけ麺だった。


83日目 バングラデシュビザを申請

 朝起きると結構熱は下がったようだが、咳がある。また胃がもたれている。今日はバングラデシュのビザを取りに行く。
 まだ体調がよくないので、タクシーでいく。到着してみると、まだ8時45分で、窓口が開くのは9時半かららしかった。申し込み用紙を20Rsで売る人がいるが、あやしいので買わない。パスポートのコピー(最初のページとインドビザのページ)がいるらしいので、近くの店でコピーをしてもらう。2Rs。
 他に外国人が数人いたので、一緒に待つ。9時過ぎに窓口が開く。パスポートを見せると申請用紙をくれる。もちろんタダで。申請用紙を書くが、写真を貼るノリを持っていない。ホッチキスを持った男がいたが、あやしいのでたのまない。申請用紙を提出する際に、写真も一緒に提出したら、窓口でホッチキスでとめてくれる。やはりタダで。写真は3枚必要。サイズは35mmX35mmと書いていたが、適当で良さそう。引き換え用紙をもらって今日は終了。明日の11時にインタビューがあるらしい。日本人は申請料がタダだけど、他の外国人はいるらしく、国によって金額が違うみたい。
 またタクシーでサダルストリートに帰る。朝ご飯を食べ、インターネット。3時間くらいして、昼御飯を食べる。やはりまだ具合が悪いので、宿に帰って休む。
 日が沈んで、またインターネット。バングラデシュのガイドブックを何も持ってなく、情報を得るため。
 そして夕御飯を食べる。すると、突然自分の名前を呼ばれる。カトマンドゥのドミトリーで一緒だった日本人だった。でも、明日の夜には列車で別のところへ行ってしまうということだった。
 宿に帰り、やはり具合が悪いので寝るが、昼も寝たからか、なかなか眠れなかった。


84日目 バングラデシュビザを受け取り

 朝起きて、いい加減に髪も体もくさいのでシャワーを浴びる。
 ゆっくりしてたら10時45分になった。11時にバングラデシュハイコミッションに行かなければならない。
 タクシーですぐだろうと思ってたら、渋滞でなかなか進まない。結局15分遅れて到着。けどちゃんとインタビューしてくれた。職業を「unemployed」と書いていたので、もともと何の職業かだけ聞かれただけで、すぐに終わった。ビザの受け取りは18時。
 とりあえずサダルストリートに戻ることにするが、せっかくだから地下鉄に乗ってみようとそっちの方面に向かって歩く。しかし地下鉄の入り口がよく分からず、歩いていたらサダルストリート近くの地下鉄の駅まで来てしまった。もう地下鉄はやめて、サダルストリートに戻り昼御飯を食べる。
 それから、明日のバングラデシュ行きのバスのチケットを買いに行く。しかし、ダッカまでの直通はなく、国境で乗り換えるやつしかなかった。明後日ならあるそうなので、どうしようか悩む。
 いったん宿に戻り休憩するが、やはり明日行こうと、再びバスのチケット売り場に行き、国境までのチケットを購入する。
 それから、サダルストリート沿いにあるインド博物館に行く。展示品が多く、体調も悪かったからか、途中で疲れてしまった。
 また宿に戻り休憩。17時になったら、余裕を持って早めにバングラデシュビザ受け取りに出発。またタクシーに乗っても渋滞するので、歩いていくことにする。
 40分くらいで到着。18時15分くらいに窓口が開く。無事、ビザ取得。けど、申請用紙に滞在期間を「1週間」と書いてたら、本当に1週間のビザしかくれなかった。数日行くだけのつもりだから、まあいいけど。
 帰りは他の外国人がオートリキシャーを頼んでるというので、一緒に乗せてもらう。運転手含め7人。
 夜御飯を食べ、インターネット。ダッカから昆明行きの飛行機があることがわかる。それに乗ってバングラデシュから中国に行くのもいいかもと考える。
 帰って早めに寝るが、今日もなかなか眠れない。


 第14章へ続く

ツイートツイート

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

This blog is kept spam free by WP-SpamFree.