ネパール(カトマンドゥ)編

無職長期旅行その4 第11章


66日目 ネパールに入国

 10時ごろに韓国人カップルと一緒に出発。宿を出ると、ちょうど車が通りかかる。するとネパールとの国境にかかる友誼橋まで10元で行ってくれるという。街の端にある中国側の国境ゲートまで歩いて行こうと思っていたが、出国手続きを待ってくれるのならと思い、乗ることにする。
 車の中から、きれいな谷の景色が見える。しかし、なかなか国境ゲートにたどりつかない。車に乗ってよかったと思う。車はとっくに街を通りすぎ、谷をどんどん降りていく。そして谷の底までたどりつくと、人がたくさんいるところに出る。明らかに中国人やチベット人ではなく、ネパール人が多い。そして、少し進むと中国側ゲートに着く。どうやら最近になって 国境ゲートが友誼橋の手前に移動したようだった。そしてこの辺が、ネパール人にとって、中国側に買出しに来ている場所のようだった。
 出国手続きをすると、「ガイドは?」と聞かれる。「もう帰った。」と誤魔化すと、「ガイドに電話して」と言われるが、「知らない」と答える。しばらく待たされるが、最終的にはビザのチェックだけで通してもらえる。
 友誼橋を渡り、ネパールの入国手続き。無事終わったところで、シガチェからのバスで一緒だった中国人に、いっしょに車をチャーターしてカトマンドゥに行こうと持ちかけられる。まったく相場もわからなかったので、値段交渉は全てお願いする。3000Rsで決める。5人だったので一人600Rs。車に乗る前に両替をするが、かなりレートは悪かった。
 車には運転手以外に一人ネパール人が乗っており、全員で7人。ネパール側国境のコダリの街はダムと同じように、ひとつの細い道に沿って街が形成されている。路駐してる車があり、対向車が来るとなかなか進めない。コダリを過ぎても、しばらくは谷に沿って道が進む。景色はとても良い。
 途中で昼休憩を取る。ネパールの定食というべき、ダルバールを食べる。御飯を食べ終わってから、そこからヒマラヤの雪山が少し見えることに気づく。
 再度車に乗り、車はまた山を登っていく。そしてしばらくすると、ヒマラヤの雪山が一直線に見えることに気づく。すばらく走って、運転手のお勧めの場所で停まって写真を撮る。棚田もたくさんあることに気づく。
 その車は山を下り、しばらく進むと大きな街が見えてくる。そこがバクタプルらしい。そして飛行場を通りすぎ、しばらくするとカトマンドゥのタメルに到着。その中では車はなかなか進めそうにないので、歩いて宿を目指すことにする。
 シガチェで会ったチャリダーがムスタングGHに行くと言っていたので、とりあえずそこを目指すが、現在はドミトリーはやっていないというのでやめる。その近くのゲストハウスを見るが、よく似たような感じ。どこもドミトリーはなかったが、ホーリーランドGHにドミトリーがあるというので、そこへ行く。設備はやはり似たような感じだったが、100Rsと安かったので、そこにする。韓国人カップルは他へ行くというので、そこで別れる。
 部屋の人は全て日本人だった。しばらく休んでからシャワーを浴びようとするが停電だった。懐中電灯の灯りをたよりにシャワーを浴びる。部屋に戻るが、日も暮れ停電のため何もすることがない。しばらくすると、部屋の人が全員そろい、ダルバールを食べに行くというので一緒に行く。帰りにパパイヤヨーグルトシェークを飲む。
 宿に帰りさっさと寝る。ただ、毛布一枚しかなく、やはり寒い。


 昼休憩のところから。ヒマラヤ山脈が見えてることに、後になって気づいた。


 ヒマラヤ山脈。


67日目 観光、酒

 朝8時前に起き、さっそく出かける。昨晩寒かったので、少し風邪気味。
 御飯を食べるところを探すが適当なところがなく、そのままダルバール広場に着いてしまう。広場に入ると、呼び止められ入場料を払わせられる。カメラを出していなかったら大丈夫だったかも。手続きをしたら1週間券にできるというので、そうする。結局2度と行かなかったけど。
 しばらく見てから、タメルへ帰ることにする。途中で楽器売りの人のターゲットになる。なかなかいい音で興味が沸いてしまう。50$と言っていたのが、5$になったので買ってしまう。そしたら別の人が来て、「こっちの方がいいから50$で交換する。」と言ってくる。確かにそっちの方が丁寧なつくりだ。結局それも5$に落ちたので交換する。最終的に10$払ったが、実際はいくらなんだろう?
 宿の近くにあった桃太郎という日本食屋に入る。まだ10時半くらいだがカツ丼を食べる。噂どおりカトマンドゥの日本食はレベルが高い。
 宿に戻ると、日本人が一人ダウンしていた。ひどい下痢で体調も悪いらしい。
 ゆっくりした後、昼からはスワヤンブナートへ行ってみる。遠くにその姿を見ることができたが、道が分からなくなり、体調も悪いので途中で行くのは断念した。
 街へ戻ってくると、チャリダーに会った。ついさっきカトマンドゥに到着したらしい。ちょうど自分も飯を食べようとしていたので、また桃太郎に入る。ラーメンを頼み、ビールを飲むというので、自分も飲むことにする。
 その後、もっと飲もうということで、スーパーでビールを買い、宿の屋上で飲む。さらに宿の日本人2人を加え、ビール100Rsの店を見つけていたので、そこへ行く。自分はそこでビール2本を飲む。その後は、また宿の屋上で、ロキシというネパールの焼酎を飲む。23時過ぎまで。


 ダルバール広場へ行く途中。


 ダルバール広場


 タメルの街。


68日目 インドビザ申請

 こっそりと起きて、6時半ごろ出発。今日はインド大使館へ行ってビザを取りに行く。
 着いてみると、すでに西洋人がいっぱいいる。大使館前にKFCというカフェがあり、とりあえずそこで朝食とコーヒー。それから列に並ぶ。
 8時半ごろにやっと入場。整理券は20番だった。9時半ごろ、やっと受付開始。しかし、なかなか自分の番は回ってこない。待っていると、日本人が話しかけてきた。自分より年上の男性。なんでもお医者さんらしいが、今回はボランティアでネパールに来ているらしい。その後は旅をするためインドビザの申請に来ているらしかった。
 11時半ごろにやっと自分の番が回ってくる。お医者さんはまだ後だったので、お先に帰ることにする。
 二日酔いだったので、ラーメンを食べることにする。食べているとチャリダーも店にやってきた。コーヒーとプリンもいただく。
 その後はやはり二日酔いなので、部屋でゆっくりする。昨日ダウンしていた日本人が少し元気になっていたが、別の日本人がダウンしていた。症状がよく似ており、下痢で体調も悪いということだった。
 夜、復活した日本人が、明日にはインドに向かうということなので、一緒にギャコクというネパールの鍋を食べに行く。二日酔いながらビールを頼む。
 帰りに宿の日本人女性とチャリダーに会い、酒を買い宿の屋上で飲む。また23時ごろまで。


69日目 下痢になる

 朝起きてみると、下痢になった。酒の飲みすぎ。
 10時ごろ、昨日一緒に夕食を食べに行った日本人と一緒に朝食を食べに出る。朝からステーキ定食を頼んでしまう。牛肉が美味しくないのか、あまり良くない。
 やはり下痢なので、宿に帰って部屋で休む。自分も病気が感染したのか。
 15時ごろ昼御飯として、日本式のカレーを食べに行く。体調悪いくせに、カツカレーに御飯のお代わりまでしてしまう。
 やはり体調が悪いので、また宿に戻り休む。
 夕方になり、昨日夕食を食べに行った日本人がインドへ向けて旅立つ。空いたベットにチャリダーが入る。
 夜はあまりお腹が空かないので、店が閉まる前にパンを買いに出かける。少しパンを食べて寝る。


70日目 パタンを観光

 今日は下痢はかなりマシになっていた。しかし、風邪をひいているのか体調は悪い。朝は昨日のパンを食べ、ゆっくりする。
 チャリダーがパタンへ行くというので、いっしょに行くことにする。まず昼御飯にラーメンを食べ、途中で休憩してアイスを食べる。このアイスはあまり美味しくないのに、80Rsもする大きいサイズを買ってしまった。
 それからしばらくしてパタンに到着。入場料は請求されなかった。それからゴールデンテンプルを見て、タクシーで宿に帰る。
 しばらく休んで、宿の日本人と一緒に御飯を食べに出る。宿の日本人2人が明日ゴルカというところへ移動するというので、またビールを買って部屋で軽く飲む。


 パタン


 大きな仏塔。


 ゴールデンテンプル


71日目 インドビザ取得

 朝6時半ごろ、こっそりと起き、インド大使館へ出かける。今日はビザ発行の日。
 大使館前のKFCカフェにいると、この前会ったお医者さんがやってくる。一緒に並ぶ。やはり8時半ごろ入場。今回は前回ほど人はいないが、番号は29番だった。二回目の人が多い。やはり11時半ごろまでかかり、パスポートを提出。受け取りは16時半から。
 お医者さんと一緒に昼御飯を食べに行く。その後、お医者さんに部屋を見せるため宿に帰る。部屋に戻ってみると、今日ゴルカへ行ったはずの二人がまだ部屋にいる。なんでも、今日マオイストに対するストライキがあり、バスもキャンセルになったらしい。後は、まだ体調が悪いので漫画を読みつつ寝る。少しだけ眠る。
 16時前にお医者さんが向かえに来てくれて、一緒にインド大使館へ向かう。1時間以上待ったが、無事ビザが発行される。しかし、マルチを希望したのにダブルだった。
 帰りに旅行社により、明日のポカラ行きのチケットについて尋ねてみると、やはり今日はツアーバスもキャンセルになっていたらしい。ひとつだけ席が空いていたが、またキャンセルになる可能性もあるし、体調も悪いので、やはり明後日に行くことにする。チケットは500Rsと高かったので、とりあえず買うのはやめる。
 宿に戻り、宿の日本人1人を加え、3人で御飯を食べに出る。ビールを少しと、濁り酒みたいのを飲む。
 帰りにビールを買って屋上へ行くと、宿の日本人2人と、その知り合いの日本人一人が既に飲んでいた。合流して23時半ごろまで飲む。まだ体調が悪く、危なかったけど。


72日目 やっぱり体調が悪い

 朝起きて昨日買ったパンを食べ、ウダウダして午前中は過ごす。
 昼前になり、昨日バスをキャンセルされた二人が、ゴルカはやめてインド国境のビールガンジ行きのチケットを買いに行くというので、自分も一緒に行ってポカラ行きのチケットを買うことにする。
 行ったところは、日本語が通じる旅行社。日本語の本もいっぱいある。そこでは、ポカラ行きが325Rsと安かった。昨日聞いたバスと同じバスなのに。
 その後みんなで昼御飯を食べる。その後インターネットをして、宿に戻り少し眠る。まだ体調が悪い。
 17時ごろになり停電になったので、街をうろついて、インターネットをしてから夕御飯を食べる。
 ビールと明日のためのパンを買い、宿に戻ると既に屋上に人が集まっていた。向かいの部屋の日本人や、お医者さんが参加しているボランティアを主催しているメガネ会社の社長がいた。また23時ごろまで。


 第12章へ続く

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