西寧へ向かう編

無職長期旅行その4 第8章


45日目 中国に戻る

 外に朝ご飯を食べに出てから、チェックアウト。バスの発車予定の9時に出発場所へ行くが車もない。
 10時ごろにバスが来て、ようやく荷物検査が始まる。自分たち外国人には簡単なチェックだけだった。
 11時ごろようやく終わり、バスにちょっとだけ乗り、出国審査のところに移動。それから結局スストを出たのは12時ごろ。
 15時ごろ、国境通過。中国側の検問に入り荷物検査。カメラ、PCの中身をチェックされる。
 17時ごろタシュクルガンに到着。イミグレ前でまた荷物検査。イミグレに移動し、また簡単な荷物検査があり無事入国スタンプを押してもらう。しかし、それだけでは終わらず、白衣を着た公安のところへ通される。何かと思ったら、人体のレントゲン検査であった。床が動いたので、写真ではなく、映像でチェックしているようだった。中国なので健康に問題がないか心配。
 カシュガルまで乗り合いタクシーが100元らしいが、高いし疲れたのでやめる。
 宿を探す。イミグレ近くの聖誕賓館を見るが、20元と安くて綺麗だがホットシャワーがないのでやめる。 プラス5元で別の部屋のシャワーを使わせてくれるというが、やはりやめる。やっぱり交通賓館にする。
 御飯を食べに出る。久々の中華料理。ビールも飲む。
 部屋に戻るとパキスタン人が1人いた。今日の便は絶好調。

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46日目 またカシュガルへ

 パキスタン人が起きたので自分も起きようとすると、パキスタン人が部屋の中でお祈りをしていたので、やっぱりまた寝る。しばらくするとパキスタン人はまた寝た。
 朝ご飯を食べに出る。あまり美味しくない。
 カシュガル行きのバスに乗る。
 カシュガルに到着し、また色満賓館へ。部屋には少し前にフンザで見かけた日本人がいた。それとイングランド人。一緒に来た日本人はあさっての列車の切符を買いに出る。自分は洗濯する。
 日本人が帰ってきてから、日本人4人で食事に出る。自分はビールも飲む。
 帰りにインターネットをする。
 夜にまたビールを1本飲んで寝る。

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47日目 カシュガルでのんびり

 朝早くから昨日から部屋にいた日本人とイングランド人が出て行く。
 フンザから同行の日本人と御飯を食べに出る。その後、バスターミナルで明日の列車の切符を買う。
 バスターミナルで、その日本人と別れ、自分はズボンを買って、宿に戻る。
 今まで履いていたズボンを洗濯する。日記を書いたりして過ごす。
 日本人が帰り、しばらくしてから夕御飯を食べに出る。ビールも飲む。
 その後、日本人はワンバへ行き、自分はまた部屋に戻り日記を書いたりする。寝る前に、またビールを1本。

 この数日、ほとんど写真を撮っていない。


48日目 アクスへ行く

 朝起きると、風邪の引き始めの感じがする。昨日の夜、寒かったから?出発の準備をしてから、朝ご飯を食べに出る。
 同行の日本人も一緒の列車でウルムチへ行くので、一緒に駅に向かう。自分は硬座で同行の日本人は寝台なので、列車に乗る際にお別れする。
 列車では本を読んだりして過ごす。端っこの席で隣りと前に人がいなかったので快適。
 アクスに着いて、市内バスに乗り繁華街へ。バスを降りたところに綺麗なビジネスホテルがあったので入ってみるが、やはり外国人は駄目。外国人OKの銀海大酒店は予約でいっぱいで駄目。アクス賓館は高くてやめ。しばらく歩いて金都大酒店というのを見つけ、聞くと外国人OKで120元というので、それにする。
 部屋で少しゆっくりしてから、御飯を食べに出る。ビールも飲む。
 部屋に帰ってすぐ寝てしまう。


 カシュガル駅

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49日目 クチャに行く

 朝起きたら、もう9時。よく寝た。シャワーを浴びたりしてたら10時半。
 サービスの朝御飯を食べに行く。閉まり間際なので品は少なくなっていたが、ヨーグルトをたっぷり食べれた。
 外に出て写真を撮り、スーパーで買い物。
 部屋に戻りコーヒーを飲んで、チェックアウト。
 バスで駅に行き、列車に乗る。席は四人ボックス席の通路側。ボックス席には28歳のウイグル族の青年、乳飲み子を連れた24歳のクチャに住む漢族の母親、38歳の重慶出身の漢族の女性がいた。ウイグル人が白酒を買い、自分も飲まされる。
 クチャに着き、子連れ女性と一緒に降りる。子供を抱えながら重そうな荷物を持っていたので持ってあげる。そしたらタクシーに乗るからついでに乗せてくれると言う。自分が切符を買うのを待ってもらい、タクシーに乗る。途中で女性は降りるが、お金を払ってくれる。それから自分は交通賓館へ。
 交通賓館には、トイレ共用シングルで30元というのがあった。各階1部屋ずつしかなさそう。あと、結局使ってないが、ホットシャワーも期待できそう。
 下のフロントで、タクシーの運ちゃんにチャーターを持ちかけられる。スバシ故城キジル千仏洞その他を回って250元。なんとか値切って170元で成立。
 まだ時間があるので、クチャ王府のほうへ行ってみる。歩いていると小学校の前を通る。ちょうど下校時間らしく小学生でいっぱい。するとウイグル人の女の子2人組に「外国人か?」と話しかけられる。帰る方向が自分が行く方向と一緒らしく、しばらく話ながら一緒に歩く。小学5年生らしい。「写真を撮って現像してちょうだい」と言われるが、明日にもクチャを離れる予定なので断る。記念に10円玉をあげる。
 その後、清の時代の城壁を発見。それを過ぎるとまた小学校がある。カメラをカバンから出していたので大人気になる。小学生十数人に囲まれる。
 そうこうしてる間に、クチャ王府クチャ民間収蔵博物館も通り過ぎたみたいだった。少し戻ると博物館があった。さっきの小学校の隣りだった。もう閉まっているかと思ったが、自分のために開けてくれ、おじさんが解説までしてくれた。
 その後は、バスで宿近くに戻り、御飯を食べ宿に戻る。


 アクスで泊まったホテル。


 クチャの小学生。写真を撮るのはいいけど、動き回るし、大勢いるので誰にカメラを向ければいいのか悩んでしまう。
 この後、女の子の集団も加わる。

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50日目 クチャを観光

 8時前に起きるが、まだ眠い。チェックアウトをして、荷物を預け、ホテルの隣りの食堂で朝ご飯。
 昨日約束したタクシーに乗る。
 まずは市内にある亀茲古城を見る。それからヤルダン地形塩河溝ポタラ宮景区を見る。
 そしてしばらく車が走ってキジル千仏洞へ。西区のみ。7つの石窟を見るが、3つは僧房らしく壁画すらない。これで55元は高い。
 次に、またしばらく車が走ってスバシ故城へ。こちらも西寺のみ。東寺は車ではいけないらしく、歩いても河があって大変らしい。
 それからホテルに帰る。まだ14時前。もっと出発時間を遅くしても良かった。
 歩行街まで行って昼御飯。ポロがうまかった。
 それからバスに乗り、クチャ王府へ。中に亀茲博物館もあるが、40元もするのでやめる。
 次に歩いてクチャ大寺に行く。こちらは15元だか大したことないので、入らなくても良かった。
 またバスターミナル近くへバスで戻り、DICOSでコーヒーとソフトクリームでゆっくりする。その後はワンバでインターネット。
 そして宿で荷物を受け取って駅へ行く。バスが終了してしまったみたいなので、タクシーで行く。
 駅前の食堂で御飯を食べたあと、近くの商店内に机とイスがあったので、ビールとピーナッツを買って一杯やる。
 その後は駅の待合室で列車の時間まで待って、列車に乗る。列車に乗ると既に23時を過ぎ、消灯されていたのでさっさと寝る。朝7時過ぎに武威に到着予定。


 クチャ郊外。


 クチャ市内。


51日目 ずっと列車の中

 6時半に起きるが、列車員が切符の交換に来ない。列車員に武威にいつ着くか聞いてみると、明日の朝と言われる。24時間勘違いしてた。新疆は広いので、そりゃそうだ。
 丸1日列車に乗ると考えてなかったので、今日の分の食料を何も買ってない。昼は食堂車、夜は弁当を食べる。どちらも高い。量も少ない。
 昼も夜もビールを飲む。あとは本を読んだり、寝たりする。そのため、夜に眠れなくなってしまった。


52日目 甘粛省に到着

 寝不足で武威に到着。バスターミナルまで市内バスで行き、そこで荷物を預け、武威の街を歩く。
 すぐに復元された南門が見つかる。しかし、あるはずの本物の城壁跡が見つからない。
 先に羅什寺塔を見る。その後、朝ご飯を食べる。
 もう一度城壁を探すがやはりない。近くの商店のおじさんに聞いてみるが、なまりがきつくて何を言ってるかよく分からない。
 あきらめて、張掖に向かうことにする。荷物を受け取り、バスに乗る。一時間くらい経ってやっと出発。
 しばらく眠り、目が覚めると城壁らしきものが見える。しばらく見てると、やはりそれは長城だと確信する。
 山丹の街に着くと、街中に長城があった。
 山丹の街から、それまで右側にあった長城が、今度は左側になる。その更に奥に列車が走っている。以前列車からも長城を見たことがあったが、この辺だったんだろう。
 張掖に着き、バスターミナル隣の金順賓館に泊まることにする。インターネットができて80元。
 荷物を置いて街を歩く。まず鼓鐘楼を見て、とりあえず御飯。それから城壁址を見に行く。
 そして宿に帰り、インターネット。
 22時ごろになっても腹が減らないので、ビールを買いに行って部屋で1杯やる。


 武威の朝。

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53日目 張掖を観光

 風邪気味。もう1泊する手続きをして、10時ごろにやっとホテルから出る。
 万寿寺木塔を見て、大仏寺を見る。まだ12時過ぎなので、馬蹄寺石窟に行くことにする。
 南バスターミナルへ行き、馬蹄寺行きを聞くと、馬蹄河へ行ってそこで車を乗り換えろと言われる。バスを探すと、どこ行きのバスか見てなかったが馬蹄河へ行くというので、そのバスに乗る。12時半に出発するが、市内を出たのは結局13時過ぎ。
 馬蹄河に着くが、馬蹄寺に行く車は見あたらない。馬蹄寺石窟まで9kmと表示がある。バイクに乗ったおっさんに聞くと、20元で馬蹄寺に乗せて行ってくれるという。高いので断ると、さっさと行ってしまった。しばらくすると別のバイクのおっさんが来たので、聞くと12元というので素直にそれに乗る。
 しばらく走ると馬蹄寺石窟のゲートがある。そこらの村人は何のチェックもなく、そのゲートを通れるようだった。知らんふりしてゲートを通り過ぎたが、やはり管理人に呼び止められた。そのまま突っ切ることもできたが、後で面倒なことになると嫌なので、素直にバイクを降り入場料を払う。
 ゲートを過ぎたところに千仏洞があった。そのまましばらくバイクで走り、馬蹄寺石窟の入り口のところまで行ってもらう。そのへんが北寺というところだと思う。
 歩いて石窟を回るが、どれも鍵が閉まっており誰もいない。千仏洞まで歩く。
 さっきのゲートまで来て、帰り方をさっきの管理人に聞くと、もう馬蹄寺発のバスはないので、タクシーに乗って馬蹄河まで行って別のバスに乗れと言われる。タクシーは管理人の知り合いの車を呼んでくれるが25元。高いと思ったが、面倒なのでそれに乗る。
 馬蹄河でバスを待つ。なかなかバスはやって来ない。40分くらいして、やっとバスが来る。しかし、そのバスは馬蹄寺方面からやってきた。バスあるやん。


 大仏寺の大仏の足の裏。


 馬蹄寺石窟

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 第9章へ続く

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