成都Sim’s Cozy名称変更

 本日は成都でゆっくりしております。やはり東チベット地区と比べて、こちらは暖かいです。しかし、今まではずっと青空だったのに、こちらはどんよりとした白い空です。

 宿はSim’s Cozy Garden Hostelです。今回で3回目です。前回(昨年)来た時には経営者が変わっていましたが、今回は名前が変わっており、Hello Chengdu International Youth Hostelとなってました。中国語の名前は、以前は老沈青年旅舎だったのが、老宋青年旅舎となっています。

 6人部屋ですが、本日は今のところ自分しかいません。昨日は中国人が一人いました。

 宿自体は変わっていないと思うのですが、食堂のメニューが高くなっているような。でも、ちゃんと覚えていないので、よく分かりません。

 明日は飛行機で深センに飛び、また1泊する予定です。


今回の旅行で行ったところ
康定
理塘(リタン)
甘孜(ガンゼ)
色達(セルタ)
馬爾康
金川
丹巴
小金


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小金~汶川臥龍~成都の道

 またしばらく更新できませんでした。泊まっていた宿ではインターネットができなかったので。
 丹巴から小金日隆鎮に移動して、ここで2泊しました。ここは四姑娘山の麓です。ここも世界遺産に登録されていたとは知りませんでした。

 今日はこの日隆鎮から成都まで移動しました。小金から成都までの道は2008年の地震の影響で、以前パンダセンターがあったところで有名な汶川県臥龍鎮をバスが通ることができないため、バスは迂回して夹金山というところを通って成都へ向かうことになります。ただ、宿の人の話ではワゴン車などの小さい車なら迂回せずに行くことができるということで、その車を手配してもらいました。乗り合いで150元。

 ワゴン車は臥龍の町を通り過ぎた後、何台かの車が動けずに停まっている場所に出ました。車を降りて様子を見に行くと、崖崩れで道路が埋まっており、車一台がかろうじて通れる道があったのですが、そこを大型のタンクローリー車が通ろうとしたがうまくいかなかったようで、立ち往生していました。
 居合わせた人々はタンクローリー車をなんとか動かそうとしていましたが、しばらくして諦めて、今度は迂回路を造ろうということになりました。
 もちろん重機などはなく、手作業での土木工事が始まりました。人々は石を運んで窪みを埋めて、なぜかハンマーが1本あり、それで飛び出ている岩を砕いていました。

 自分はこんなことは簡単にはできないだろうと思いながら様子を撮影していましたが、1時間ちょっとで、車1台がなんとか通れるようになりました。ちなみに最初の1台目はトヨタのランドクルーザー。もしかしたら車が壊れるかもしれないのに、なかなか勇気ある行動です。

 その後も迂回路を手直ししながら、1時間後くらいに自分が乗っていた車も通過することができました。
 さすがに何度も地震災害を経験した人達だけあって、団結力を目の当たりにすることができました。

 車はその後、渓谷の下を通りましたが、ひどい道でした。元々ちゃんとした道路があったらしいのですが、現在は跡形もなく、5年もたった現在でも地震の凄まじさを実感することができました。ここをバスが通れるようになるまでには、あと数年かかりそうな状態です。

 車は9時半に日隆鎮を出ましたが、成都に着いたの16時半。お昼御飯を食べ損ねてしまいました。


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美人谷へ行く

 昨日は馬爾康から金川県に移動して宿泊し、本日は丹巴県に入り、巴底郷に立ち寄ってから県城で宿を決めました。

 本日立ち寄った巴底郷ですが、美人谷と呼ばれており、美人がいる場所として有名です。ただ、美人はお祭りの時などしか集まらないようですが。
 それでも、景色はなかなか良く、立ち寄って良かったです。

 ギャロン・チベット族の民家が特徴的です。

 よそ者が珍しいのか、いろんな人から何度も話しかけられました。ただ、かなり訛りのある中国語で、なかなか聞き取れませんでした。


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立ち退きを迫られるガンゼ市民

 しばらく更新できませんでした。ちゃんと生きています。
 一昨日は午前中にガンゼを観光した後、セルタ(色達)に移動し、昨日はラルン・ガル・ゴンバ(喇榮五明佛学院)を観光して、マルカン(馬爾康)に移動しました。

 さて、表題の件ですが、一昨日にガンゼの町を一眼レフを持ってブラブラしていると、チベットのおっさんに話しかけられました。
 中国語で話してくれるのですが、何を言っているのかあまりよく分かりませんでした。「写真を撮ってほしい」ということは分かり、面倒そうなので断ろうとしたのですが、近くだから見て欲しいというので、とりあえず見るだけならと行ってみることにしました。
 そして、50mほど歩いた場所に、その「写真を撮って欲しいもの」があり、そこで説明されて、ようやくおっさんが何を言いたかったのかが分かりました。

 おっさんの後ろの民家とブロックで囲まれた場所はおっさんの所有とのことですが、それを県政府が接収しようとしているようです。隣りでは何かの建物が建造途中です。

 おっさんが言うには、この写真を広く広めてほしいとのことです。それでカメラを持っている自分に声をかけたようです。

 ちなみに場所は、清河路の県体育場の隣りの広場の向かいです。
 
 このような事はチベットエリアに限ったことではなく、中国内では各地で起こっていることだと思います。それでも、チベットエリア内でこういった事を見ると、やはり中国がチベットを「しんりゃく」している印象を持ってしまいます。もうちょっとチベット人に気に入られるような政治をすればいいのにと思っちゃいます。

 なお、この接収に対して、補償などがあるのかどうかなどの細かい事については聞いていません。

 この後、向かいの広場で一人でカメラを抱えしばらく立ち尽くしていると、別のおっさんに声をかけられました。
「君は記者か?」
 そのおっさんは、隣りで工事をしている人でした。

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カンゼへ移動

 本日はリタン(理塘)からカンゼ(甘孜)まで移動しました。ワゴン車で7時間半。大変な悪路だと聞いていたのですが、ここ最近ずっと天気が良かったからか、ぬかるみなどはなく、なんとか耐えられました。

 途中の新龍県で食事休憩。谷底の川に沿って町があり、この町に滞在してみても面白かったかもです。

 あと、ワゴン車には自分以外にもう一人日本人がいました。1年7ヶ月かけて世界一周をした後、最後にここに来られたようです。世界一周して、更にこんなとこまで来るなんて、すごいです。

 明日はカンゼ市内を観光して、移動はせずに、ゆっくりしようかと考えています。


今回の旅行
康定
理塘


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リタンにいます。

 本日朝起きた時は、頭が痛い上に風邪をひいたようで熱っぽく、今日の移動は止めようかとも考えたのですが、やっぱり頑張って起きて、リタンに向けて出発しました。

 宿の前で7時半からバスを待っていたのですが、通りかかるのは甘孜行きのバスばかり。8時過ぎにやっと亜丁行きのバスがやってきて、乗せてもらうことができました。

 バスは新都橋を過ぎると、舗装されていない悪路でした。4400mの峠を越え、2時間くらいで、雅江の町を通り過ぎる。雅江の町は谷底にある町で、なかなか面白そうでした。
 その後、食事休憩があり、カップラーメンを食べる。7元。高い。

 そして、バスはまた4700mの峠を過ぎて、14時ごろにリタンの町に到着しました。
 なお、体調のほうは、風邪薬を飲んだらかなりよくなりました。

 その後は、近くのホテルのドミトリーにチェックインし、御飯を食べて、リタン・ゴンパを見ました。

 なかなかの景色でした。ここは標高4000mくらい。

 明日は甘孜まで行きます。甘孜行きのバスはなく、小さい車に乗せてもらわなければいけません。いちおう7時に車が来てくれるそうだけど大丈夫かな。


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東チベットにいます。

 昨日は深センから成都へ飛行機で飛び、そのまま康定行きの車に乗ってしまいました。康定までは約6時間半。到着したのは夜中の1時過ぎでした。それでも宿の客引きがいたので、無事に宿泊することができました。

 本日は康定の街を1時間ほど歩いた後、新都橋鎮というところへ移動しました。そして、ここにもユースホステルがあり、ここで宿泊することにしました。
 ここは「撮影天堂(撮影天国)」と言われていて景色がとても綺麗だそうですが、今は季節のせいか、それほどではありませんでした。
 しかし、ミニヤ・コンカという山を見ることができたのは良かったです。

 チベットの高原の東の主峰で7000m以上あるそうです。中国語では貢嘎山
 宿に連れて行ったくれた地元の人が言うには、この山で日本人が死んでいるとのことでした。

 今いる新都橋も3300mあるようで、なんだか頭が痛いです。今日はゆっくりして、明日朝からリタンに向かいます。


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